東京23区、北の繁華街、赤羽。そこから西に15分くらい歩くと北区志茂。あのがやがやした赤羽から近いですが、ちょっと離れるとご覧の通り閑静な住宅街になります。
志茂地区にはいくつかの商店街がありますが、まずは志茂銀座に。そしてこの志茂銀座のある通り、Googleマップをよく見てみると志茂旧道と書いてあります。旧道と呼ばれるくらいなので古い道のようです。
志茂の東は岩淵地区になりますが、岩淵はかつての日光御成道の初宿があったところです。この志茂旧道は、志茂集落から、その岩淵宿へと通じる道だったようです。そんな古い道に商店が並び、商店街となったということなんですね。
志茂地域は、昭和初期まで田んぼや蓮田ばかりの田園地帯だったそうですが、昭和10年代頃から住宅が立ち並びはじめたようです。志茂商店街がいつ頃から成り立ったのか分かりませんが、この通りには歴史を感じさせる看板建築が多く残っています。
散策途中に鮨屋で一杯もいいかなと思いましたが、まだ準備中。散策したのが朝早かったため、お店はまだほぼ開いていませんでした。
この寿司屋の斜向かいには、10年前のストリートビューを見るとそば屋がありましたが、今は宅地となっています。
立派な看板建築が残っているものの、どうやら役目を終えた建物が多そうです。
古い通りですからね、子育地蔵尊がありました。ここの説明板に「志茂銀座商店会の道は中世から続く往還です。」と書かれています。
小さな看板建築。10年前のストリートビューを見てみると、庇にたばこの文字が入っています。たばこ屋さんだったのですね。だから、この小ささなんですね。
風格のある看板建築に入っているのはモンゴル料理店。こんなローカルな商店街にワールドローカルなモンゴル料理のお店。
日曜日は定休日だったので閉まっていましたが、角打ちのできる酒屋さんがありました。残念。今度は日曜日以外に来たいものだ。北区のサイトによると昭和26年からやっているそう。
昭和20年代、戦後すぐからやっている町中華、開平軒。こちらも日曜日が定休日でした。
町中華に、町寿司、そして角打ちもあるので、志茂銀座商店街では、昼のはしご酒ができますよ。日曜日以外に訪れるべし。
北区のサイトによると、この富田長兵衛商店は、明治40年頃からやっているそう!!志茂銀座商店街の歴史を感じますね。
富田長兵衛商店から南の路地に入ると、こちらにも古い看板建築が残っていました。2009年のストリートビューに遡って見てみると、この路地にも志茂銀座の看板が掲げられています。現在はそのの看板はありません。
志茂旧道に戻って。このあたりまでが志茂銀座商店街です。上の写真の看板建築、2009年のストリートビューを見ると八百森商店という看板が掲げられていますので、八百屋さんだったのでしょうか。
志茂旧道①志茂銀座商店会▶︎②商店街のその先
志茂銀座商店会の地図、アクセス
東京都北区志茂3丁目、4丁目
志茂銀座商店会 情報交換
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