2026年1月12日月曜日

町屋銀座商隆会|戦後は映画館もあり賑やかだった下町商店街(跡?)

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 都電荒川線の町屋二丁目停車場。都電荒川線の線路を挟んであらかわサンロード商店会と、ちんちん通り商店会という下町風情な商店街があります。そして、町屋二丁目の踏切から南西に入っていく細い路地。今ではただの住宅街の路地なのですが、この路地も実は平成の頃までは商店街だったのです。途中で江戸道商店会と商店街の組織名が変わりますが、町屋二丁目の停車場から藍染川通りまでの、今では住宅街の路地にしか見えない通りが、かつては賑やかな商店街だったのです。
 Googleのストリートビューで遡れる最古の2009年のストリートビューを見ると、まだまだ八百屋さんやおもちゃ屋さん、時計店などなど、たくさんのお店が立ち並び、商隆会の看板が掲げられた街灯も立ち並んでいたようです。
 そのような看板も街灯も無くなっているので、町屋銀座商隆会という商店組織は消滅したのでしょうか。荒川区商店街連合会の一覧にも町屋銀座商隆会は掲載されていません。



 本筋から外れて脇道に入ってみると、こちらもとても風情のある町並みです。脇道まで商店が立ち並んでいたのでしょう。



 本筋に戻って。
 手前の餃子は一龍の建物には、かつてドンちゃんという居酒屋があったと思われます。その左右は駐車場になっていますが、右隣には時計屋さんとおもちゃ屋さん、左隣にはタバコ屋さんがあったことがストリートビューで分かります。そして、おもちゃ屋さんがあったその向こうには八百屋さんがありました。
 いずれも、古い看板建築で、2009年までは風情のある商店街だったようです。


 この2棟の看板建築は2009年当時も営業していなかったようです。


 町屋銀座商隆会をネットで調べていたら、今昔写語というサイトを見つけました。そこには、昭和50年(1975)に、おそらく上の写真の場所辺りから撮ったであろう写真が載っていました。
 その写真と見比べてみると、上の写真の右の2棟の看板建築は町の電気屋さんだったのかなと思われます。あと、古い写真には右上に「銀座商隆会」の文字が見えます。当時は商店街の入り口に大きなアーチ看板が掲げられていたのでしょう。
 昭和50年代というと、それこそもう大型ショッピングセンターなどのためにさびれる商店街も増え始めていた頃だろうと思いますが、今昔写語に載っている写真を見る限り、人がたくさん歩いていて、この当時はまだ賑やかだったようです。


 上の写真の茶色い看板建築の右隣には、2022年頃まで豆腐屋さんがありました。そして、その隣には銅板建築の鍼灸院がありました。もう少し早く訪れていれば良かったな。どんどん町の景色は変わっていきますね。


 その旧豆腐屋さんの前は二股の分かれ道になっています。この通りにも古い看板建築が残っていますので、この通りも商店街の延長のような通りだったのでしょう。


 靴屋さんの看板が残っています。



 大熊商店さん。あらかわ産業NETというサイトに掲載があります。設立が1949年ということですから戦後すぐということになります。もともと問屋さんのようで、あちこちにあった駄菓子屋さんに菓子飲料などを卸していたのでしょう。大熊商店自身も駄菓子屋さんも営んでいます。


 本線に戻ります。


 銅板建築のような建物を発見しました。ただ、銅板というと年数が経つと緑青色に変化するイメージがありますが、白っぽく変化しています。なんでだろう。





 住宅街にポツンと中華料理とか不動産の看板があるのですが、2009年のストリートビューでは、花屋さんや履物屋さんなどの看板も並んでいて、まだまだ活気のある商店街だった様子が残されています。


 この辺りには、漢方薬局や洋品店なんかがあったようです。



 だいぶ奥まで歩きましたが、まだまだ看板建築の遺構が残っています。この並びの2棟の看板建築は、2009年のストリートビューでも商店では無くなっていたようです。
 ただ、この向かいには、靴屋さんとか小料理屋、お好み焼き屋がありました。



 左にある建物は、荒川六丁目ひろば館という公共施設ですが、消えた映画館の記憶というサイトによると、昭和29年から昭和42年頃まで映画館があった場所のようです。そんなに広い土地ではないのですが。今あるような巨大なシネコンではなくて、昔の下町の映画館はこのくらいの規模だったのですかね。
 本当にここに映画館があったのだとすると、なおさら、この町屋銀座商隆会は賑やかだったのだろうということが分かりますね。
 ただ、この映画館、晩年はストリップ劇場だったとする記事もありましたが、こんなところにストリップ劇場なんかあったのでしょうか。



 上の写真の赤緑の庇のある建物は、2009年の時点では青果店と精肉店でした。生活に根ざした商店街だっということが分かりますね。


 上の写真の看板建築には、酔ってけやという居酒屋と美容室が入っていました。


 こんな住宅街の奥地で奇跡の飲食ビル発見です。右手前は空き地になっていますが、過去には古いそば屋さんがあったようです。



 ここまでが、町屋銀座商隆会になります。
 2009年のストリートビューですと、SONYホームストアと書かれたシャッター商店や、喫茶店も見られます。いやぁ、本当に賑やかな下町商店街だったんだろうな。


屋銀座商隆会の地図、アクセス

東京都荒川区荒川6丁目

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