慶長11年(1606)に、創建されたお寺です。
このあたりで、土地の開拓や海苔の製造を行っていた小林治郎右衛門という人が、増上寺の信誉英松和尚を迎えて創建したとされています。
江戸切り絵図の本所深川絵図には、再幸寺と記されています。現在とほぼ同じように、初音森神社と隣り合わせで記されています
江戸時代は、寺子屋を開き、地域の教育に貢献し、明治以降は、学生を多く住まわせ、著名な仏教者を多数排出したそうです。
本堂は、平成7年(1995)に再建されたものです。立派な本堂ですが、歴史、文化を感じられるような本堂ではありません。
緑豊かな境内に、「初代竹本東猿塚」という石碑があります。調べてみると、竹本東猿とは、明治時代の女義太夫だそうです。義太夫というのは、浄瑠璃の一種で、女義太夫は、その名の通り女性の義太夫です。明治期には、大衆芸能として随分、人気があったようです。その女義太夫の一人、竹本東猿の塚ということですが、なぜ、西光寺にあるのか調べたのですが、よく分かりませんでした。
西光寺の地図、アクセス
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