2022年5月21日土曜日

月松山 長圓寺|毛彫石碑群が圧巻

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 旧日光街道にある北千住の宿町通り商店街。その路地の奥に、長圓寺はあります。寛永4年(1627)に、出羽湯殿山の行者、雲海がこの地に庵を結んだそうです。庵を結んだとは、行者や僧侶が隠居して粗末な小屋に住むようなイメージ。
 千住地域は、文禄3年(1594)に千住大橋が架橋されて、交通の要として急速に発展し、寛永2年(1629)には、日光街道の初宿に指定されていたりして、この辺りは、かなり賑やかなところだったと思われます。そういうところの裏通りに庵を結び質素に暮らしていたんですかね。


 立派な山門は、明治2年(1869)の建造で、「月松山」の扁額は足立区の登録文化財になっています。扁額の書は、寺子屋「群雀堂」の校主、正木健によるもの。正木家に関しては、千住氷川神社の項に書いています。千住氷川神社は、そもそも長圓寺の境内に創建されたのです。千住の教育家である正木家と、長圓寺、千住氷川神社は深い関係にあるのですね。


 本堂は、万延元年(1860)に改築されたもの。古いですね。



 四国八十八箇所毛彫石碑群。明治元年(1868)の建立。この割れたような石の群れは何なんだと、私はよく知らなかったのですが、この石の表面には、どうやら、四国の八十八箇所の霊場が刻まれているようです。


 奥には、弘法大師が祀られていると。
 





圓寺の地図、アクセス

東京都足立区千住4−27−5

     


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