2020年5月31日日曜日

COMME des GARCONS コムデギャルソン|青山店

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 1989年にオープンした川久保玲氏と、イギリス人デザインチーム、フューチャーシステムズとのコラボレーションでデザインされた「COMME des GARCONS 青山店」です。数ある個性的なショップの中でも、この建物にかなうお店は、無いのではないでしょうか?青山を歩いてると、いきなり現れる未来的空間。コムデギャルソンのフラッグシップストアに相応しい異空間です。
 コムデギャルソンは、1969年、川久保玲氏の婦人服製造販売によりスタートしました。1942年生まれの川久保玲氏は、慶応大卒業後、旭化成に就職しましたが、1966年に退社し、スタイリストをしていたようです。
 「コムデギャルソン」とは「少年のように」という意味です。1973年に会社を設立。1975年には、東京コレクションに初参加。1978年に「COMME des GARCONS HOMME」をスタート。 日本で成功をおさめると、当時恋人であった山本耀司氏(Yohji Yamamoto)とパリに渡り、1981年に、パリ・プレタポルテ・コレクションに参加しましたが、服飾の既成概念を崩したアバンギャルドで斬新な表現手法は「広島シック」「黒の衝撃」と言われ賛否両論だったようです。当時の川久保玲氏の創作は、服の表面に対し、ねじれや歪み、アシンメトリーといった大胆な手法を取り入れることにより、布の平面性とそこから可能な表現を追求したり、生地をあえてぼろぼろにして、セーターに穴をあけるなど、前衛的な表現が多く、「乞食ルック」とも言われました。また従来のプレタの世界ではほとんど使われなかった「黒」を多く用いた服は「黒い服」とも呼ばれ、反抗的でアバンギャルドな意味合いが強く出ていました。このようなアバンギャルドかつクラッシックなスタイルは徐々にクリエイティブな若手デザイナーから受け入れられていきました。その後、川久保玲氏はパリを中心にコレクションを展開しています。 この80年代に、山本耀司氏と共に、服飾の既成概念を崩した非構築的で斬新な表現手法は、その後、世界中のデザイナーに大きな影響を与えました。黒を基調とした当時のアイテムは、「ジャパネスクカジュアル」「カラス族」「ボロルック」などと呼ばれ、その後、「黒」が世界的にブームとなりました。「黒」がブームとなると「黒」の持つ反抗的な意味合いが薄れてしまったため、「黒」に対して「赤」を前面に打ち出すなど、他ブランドとは一線を画す表現をしています。 80年代以降、コムデギャルソンは、様々なラインを展開し、また、コムデギャルソンのデザインチームにいたデザイナー達が、コムデギャルソン内で、新たなライン・ブランドを立ち上げ増殖し、コムデギャルソンの世界観を広げています。・1969年「COMME des GARCONS」 川久保玲氏のクリエイションが最も純粋に表現されているラインです。・1978年「COMME des GARCONS HOMME」 ベーシックなメンズライン。1990年〜2003年の間は田中啓一氏がデザイン。田中
 氏の退職後、川久保玲氏、渡辺淳弥ほか4人のデザインナーによりデザインされていま
 す。ちなみに、田中氏は、爆笑問題の田中裕二氏のお兄さん。
・1981年「tricot COMME des GARCONS」 コムデギャルソンより若いイメージで、着やすいアイテムを展開しているラインです。
 1987年から渡辺淳弥氏が、2003年から栗原たお氏が、デザインを担当していま
 す。・1981年「robe de chambre COMME des GARCONS」 2004年秋冬まで展開。2005年より「COMME des GARCONS COMME des  
 GARCONS」に統合されました。・1984年「COMME des GARCONS HOMME PLUS」 川久保がモードの試みをメンズウェアのなかで展開するメンズのコレクションラインで
 す。遊び心のあるデザインです。・1987年「COMME des GARCONS HOMME DEUX」 「背広のなかの背広」がテーマの、素材から仕立てまで正統派に徹したビジネススーツ
 のラインです。・1988年「COMME des GARCONS SHIRT」 フランス生産のシャツ専門ブランドとしてスタートしました。日本のコムデギャルソン
 の服は、関税の問題上、海外では高価になってしまうので、フランスで生産したのが、
 始まりです。・1989年「COMME des GARCONS 青山ショップオリジナル」 服やバッグなど、青山店だけで販売されるレアなラインです。海外直営店でも一部販売し
 ていましたが、2002年より京都店、2003年には大阪店、名古屋ラシック店などでも
 一部販売をされています。・1992年「JUNYA WATANABE COMME des GARCONS」 トリコのデザイナーであった渡辺淳弥氏が自身のクリエーションを発表するためにスタ
 ートしました。1992年に東京、1993年にパリでファッションショーをスタートさせ
 ています。・1993年「COMME des GARCONS COMME des GARCONS」 川久保玲氏の変わらずに好きなもの、根本にあるエッセンスが表現されるています。
 「コムコム」と呼ばれています。2005年より「robe de chambre」を統合しました。・1994年「COMME des GARCONS PARFUMS」 コムデギャルソンの香水ラインです。・1999年「COMME des GARCONS HOMME HOMME」 2001年に休止。・1999年「COMME des GARCONS 青山twoオリジナル」 2001年に休止。・2000年「COMME des GARCONS HOMME PLUS for District」 2002年に休止。2005年秋冬にて一部再開。・2001年「COMME des GARCONS parfums PARFUMS」 パリの香水ショップのオリジナルとしてスタートしました。 「SERIES 1:」から順にリリースされています。またパリ店ではチョコレート(SERIES 1:)
 も販売されています。・2002年「JUNYA WATANABE COMME des GARCONS MAN」 ジュンヤ・ワタナベ・コムデギャルソンのファーストラインとはコンセプト変え、ベー
 シックの追求をテーマにしたラインです。・2002年「10・corso・como COMME des GARCONSオリジナル」 服やバッグなど、ディエチコルソコモコムデギャルソンだけで販売するレアなラインで
 す。一部は他の路面直営店などでも販売される事があります。・2003年「PLAY COMME des GARCONS」 コム・デ・ギャルソンのキャラクターブランド。フィリップ・パゴウスキー氏がデザイ
 ンしたハートのキャラクターがトレードマークです。・2003年「JUNYA WATANABE COMME des GARCONS MAN(PINK)」 2005年に休止。・2003年「PEGGY MOFFETT COMME des GARCONS」 2005年に休止。・2005年「eYe JUNYA WATANABE COMME des GARCONS MAN」 直営店(東京・原宿店、大阪・南堀江店)向けのオリジナルラインとしてスタートしま
 した。当初の2年間は「アウトドア」をテーマに展開。2006年から名古屋パルコ店
 でも取扱いしています。・2005年「COMME des GARCONS 直営ショップオリジナル」 服やバッグなど、直営ショップ(青山店、ディエチコルソコモコムデギャルソン、丸の内
 店、伊勢丹新宿メンズ館2F・CORNER、渋谷西武4F・EDIT、京都店、大阪店、神戸店、
 福岡店、ラシック、ニューヨーク、DOVER STREET MARKET)のみで販売されるライン
 です。・2005年「tao COMME des GARCONS」 トリコをデザインしていた栗原たお氏が自身のクリエーションを発表するためにスター
 トしました。2005年、パリの自社フロアにて最初のファッションショーを行ったそ
 うです。・2005年「SPORTS COMME des GARCONS HOMME PLUS」 毎期一つのスポーツをイメージしたデザインで展開していました。2005年秋冬期ボ
 ウリング、2007春夏期ボクシング、2006秋冬期スキー。2006年に休止。・2005年「COMME des GARCONS HOMME PLUS EVER GREEN」 以前のデザインを復刻・アレンジするラインです。・「COMME des GARCONS NOIR」 レディースのフォーマルラインです。いつからあるのか、今もあるのか分かりません。

Comme des Garcons


Comme des Garcons 青山店の地図、アクセス
東京都港区南青山5−2−103-3406-3951


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