観音寺の歴史
観音寺は、もともと慶長年間(1596−1615)に、神田北寺町に創建されました。神田北寺町には、多数の寺院がひしめく寺社団地でしたが、明暦の大火(1657)以降、江戸市街の周辺部に、寺院が移転されました。
観音寺は、当初、長福寺と消していたようですが、延宝8年(1680)に谷中に移り、享保元年(1716)に観音寺と改称しました。江戸切り絵図にも、現在と同じと考えられる場所に記載されています。
赤穂浪士ゆかりのお寺
赤穂浪士、四十七士の近松勘六行重と奥田貞右衛門行高は、観音寺(当時は長福寺)で修行していた文良の兄と弟でありました。文良は、赤穂浪士に便宜を図り、赤穂浪士の会合が行われたりしていました。
本堂の右側には、赤穂浪士供養塔があります。
観音寺の地図、アクセス
東京都台東区谷中5−8−28
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