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2025年7月6日日曜日

正燈寺(東陽山 正燈寺)|かつて、もみじ寺と呼ばれた吉原近くのお寺

 ホーム寺院>正燈寺(東陽山 正燈寺)


 かつての吉原遊郭、今はソープ街の吉原から少し西に行った竜泉地区にあるお寺。


 創建は、江戸時代初期の承応3年(1654)。江戸切絵図には西徳寺、大音寺との並びに燈洞寺というのが記されている。西徳寺、大音寺との並びは、現在も同じなので、もしかしたら、この燈洞寺というのは、正燈寺の誤記なのかもしれない。


 最初の写真の通り、今の境内はがらんとした無機質なもんだが、江戸時代は全く違ったようだ。なんでも紅葉がきれいなので、もみじ寺と呼ばれていたんだそうだ。
 江戸名所図会には「正燈寺丹楓」として描かれている。今の境内と全く違い、木々が生い茂り、池まであるではないか。吉原遊郭の行き帰りの途中にこんな風光明媚なお寺があると、遊女好きの風流人も訪れるもので、かの小林一茶も正燈寺の紅葉を見て「散紅葉流ぬ水は翌のためか」と詠んでいる。


 吉原文化圏である、この辺りのお寺をかつてのような風流さに富んだお寺に戻せば散策も面白いんだろうけどな。


燈寺(東陽山 正燈寺)の地図、アクセス

東京都台東区竜泉1−23−11

燈寺(東陽山 正燈寺) 情報交換

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浅草地下街(浅草地下商店会)|日本最古の地下商店街

 ホーム東京の商店街>浅草地下街(浅草地下商店会)


 日本最古の地下商店街と言われる浅草地下商店街。昭和30年(1955)に開業したこの地下街は、ディープでアナクロニズムに満ち溢れている。
 このアナクロな地下街は、2023年に公開されたヴィム・ヴェンダース監督の映画「PERFECT DAYS」に登場する。浅草地下街にある昭和40年(1965)創業の、それこそアナクロな焼きそば屋に、主人公の孤独なトイレ清掃員、平山さんが仕事終わりに一人で一杯やりに行く。昭和レトロなお店は、孤独な平山さんの哀愁感にはまっている。





 アナクロニズムとは、時代に逆行しているとか時代錯誤とかの意味だが、もちろん、昭和30年に開業した浅草地下街は、時代に逆行した昭和レトロな通りなのだが、一部、時代錯誤というか、日本文化を間違えて解釈したような文化錯誤なお店もチラホラある。


 なんか、こう、海外の人が日本の文化を間違えた感じ。ライトアップされた壁一面にワンカップが陳列してある。


 そして、忍者までいる。


 演歌の流れる店内で、いろんな種類のワンカップが飲める。



 飲食店が多くあり、入れ替わりも激しいようで、地下街の古ぼけた老舗というよりはリノベして新陳代謝をしていっているようだ。
 このニュー小江戸も、今は焼きそば屋だけど、その前は立ち飲み屋だったし、その前は餃子屋だったようだ。


 別に飲み屋専門の地下街ではないので、このように実務的なお店もある。


 オシャレにリノベしたバーには、外人さんがたくさん入っている。


 天井は配管が剥き出し。なかなか配管剥き出しな商店街、地下街は無いのでは?開業当初からそうなのかな?こういうところが、昭和レトロというか、何か少しアングラな雰囲気も醸し出している。


 一見、古着屋さんかと見紛うが、こちら居酒屋。レゲエとかが流れる店内には本も置いていて、カルチャーミックスって感じだ。浅草というより、高円寺とかにありそうなお店だな。



 カットセブンの名の通り、以前は700円だったようだ。ぱっと見、なんか昭和な感じがするけど、平成時代の開業。


 タイ専門のアンテナショップタイ王国情報案内所SIAN TIME。タイ料理が楽しめ、浅草の地下からタイを発信しているとはいうものの、入り口には大量の中古レコードが陳列していて、一見では、何のお店か分からない。



 「浅草シューズ」なんて看板が、また昭和な雰囲気を盛り立ててくれる。が、お店の前は、中古のDVDが並ぶ。メディアの時代の流れも早いもので、もう家庭でDVDを見るというスタイルも終焉を迎えているのではないだろうか?


 東京メトロと東武鉄道を繋ぐ通路に出る脇には、下町を地盤とする立ち食いそばの文殊。薄暗がりの地下通路にある立ち食いそば屋なんて、昭和な香りがプンプンするけれど、文殊は平成以降の開業。



 ここが、「PERFECT DAYS」で平山さんが仕事終わりに一人で一杯やりにくる焼きそば屋の福ちゃん。看板から何から何まで昭和レトロだ。




草地下街(浅草地下商店会)地図、アクセス

東京都台東区浅草1−1−12

草地下街(浅草地下商店会) 情報交換

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2025年3月2日日曜日

せんわ通り商店会|吉原遊郭の裏門につながる通り

 ホーム東京の商店街>せんわ通り商店会


 根津、入谷方面から吉原へ通ずる通りの金美館通りを抜けるとせんわ通りに入る。


 台東区商店連合会のせんわ通りのページを見ると、戦前は古着屋通りと言われ衣料品店が軒を連ねていたようだ。吉原の冷やかし客や浅草芸人が多かったようだ。当時の都内随一の繁華街であった浅草に近く、そして東京最大の遊郭、吉原があったこの辺りは賑やかだったんだろうな。


 戦後、昭和23年(1948)には新大門柳通り商栄会として商店会が発足したものの、10年後、昭和33年(1958)に売春防止法が成立したことにより環境が一変したということです。


 というか、売春防止法が施行されても、結局、吉原は、特殊浴場という風俗街であり続けたんだけど、それまでの遊郭なのか赤線なのか、呼称が変わっただけで、遊客が来ることには変わりないような気もするのだが。その辺がよく分からないのだけど、賑わいがなくなったということなんだろうな。


 散策した日は、大きな熊手を担いだ人が多く歩いていた。そう、この日は近くの鷲神社の酉の市の日。



 酉の市ということで、吉原のソープランド街につながるこのせんわ通りには多くの露店が並ぶ。


 江戸時代、吉原遊郭に入るには反対側の大門からしか入れなかったが、この酉の市の日だけは、他の門も開けられていたようだ。





んわ通り商店会の地図、アクセス

東京都台東区千束3丁目

んわ通り商店会 情報交換

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2025年2月16日日曜日

大照寺|下町の路地裏の住宅街の住宅のようなお寺

 ホーム寺院>大照寺


 台東区竜泉の住宅街にあるお寺。
 お寺の入り口におそらく住職の方の住居らしき建物があり、その奥に本堂があるようだ。そのため一見してお寺なのか住宅なのか分からず、入るのは憚られる。
 創建は江戸時代後期の安政4年(1857)。創建当時は近くの金杉村にあったようだが、文久3年(1863)に現在の地に遷ったようだ。なので、嘉永6年(1853)版の江戸切絵図を見ても載っていない。今でこそ、都会の住宅街だけど、当時のこの辺りは田園地帯だったんだろうな。

照寺の地図、アクセス

東京都台東区竜泉1−20−6

照寺 情報交換

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2025年2月15日土曜日

一葉桜光月通り(一葉桜 千束入谷振興会)|春には一葉桜が咲きほこる、吉原の近くにある通り

 ホーム東京の商店街>一葉桜 千束入谷振興会
ホーム東京の通り>一葉桜光月通り

 根岸、下谷から吉原遊郭に通じる通りが金美館通り。金美館通りの入谷2丁目の交差点から南下する通りが一葉桜光月通り。一葉桜というのは荒川堤で栽培されていた桜の品種で、このあたりには光月通りのほかにも、一葉桜国際通り一葉桜小松橋通りなど、一葉桜の名を冠した通りがいくつかある。一葉桜が植えられている通りが多いんだな。


 一葉桜光月通りを南側から入ると、立派な木製の看板が建っている。
 この辺りは、歩いていると材木屋が多くある。東京の材木屋が多い地域というと木場だが、ここ光月町も、江戸の頃から材木屋が多い地域だった。そんな地域のアイデンティティーを示すために木製なのだろう。


 この看板は平成21年(2009)に建てられたようだ。「一葉桜 千束入谷振興会」と書いてあるので、おそらく商店街の組織の名前なのではないだろうかと思われるが、光月通りに商店は数えるほどしか残っていない。いや、残っていないというのが正しいのか、そもそも光月通りには昔から商店はなかったのか。
 そして、看板の冒頭には「旧光月町」と書かれている。今では、この通りの両サイドは千束と入谷という町名だが、明治後半から昭和40年頃までは光月町という地名だった。この地の地名の歴史への敬愛が込められているんだな。


 右の立派な看板建築は、2016年頃まではシャッター商店だったようだが、今は宿泊施設かなんかにリノベーションされている。その頃の隣の建物は「日本髪 峯原」という、髪結か何かがあったようだが、今は看板が無くなっている。
 浅草や吉原に近く、日本髪の需要が近年まであったのか。いや、吉原で日本髪の需要なんてもう100年も無いだろうな。


 角に建つ25㎡ほどの平屋。これは駄菓子屋とかそんな類の商店だったのかもしれない。間口の広さとか、中は土間のように見えるし。


 この一葉桜光月通り、果たして商店街なのか、一葉桜千束入谷振興会が商店街組織なのか分からないが、商店はほとんど見当たらず、マンションだらけである。


 ただ、このような看板建築がポツポツ残っているし、かなり遠い昔は賑やかな商店街だったのかもしれない。ネットで検索しても全く情報は出てこない。なんの手がかりもない。



 金美館通りとこの辺りで交差する。一葉桜千束入谷振興会の街灯と思われる街灯がこの辺りまでなので、一葉桜光月通りもここまでだと思われるが、もっと北上してみる。


 浅草の情報発信サイトによると、このは創業48年。建物は新しくなっているようだが、店内のソファーなんかは昭和レトロな懐かしい感じ。お昼前だったが、ご近所さんたちが集まるのか、多くのお客さんがいた。




 この酒屋はまだやっているのかどうかはよく分からないが、ワンカップ大関の自販機がレトロで沁みる。500円硬貨が使えるので昭和57年以降の自販機ということかな。ただ硬貨投入口は塞がれているので現役ではないようだ。
 こういう個人商店が、この通りには多くあったのかな。


 これは何のお店だったか、古い商店建築が残っている。


 戦前、戦後あたりからあると思われる和菓子の龍月



 昭和レトロなCOFFEヒデ。エメラルドグリーンのタイルが眩い。


 ショーケースを見る限り、舞台用かつらの会社かな。かつての芸の街、浅草に近いからなーと思ったが、この会社は大阪の会社。


 かなり年期の入った材木商。


 こちらも年期の入った建物。看板はまる剥げになっているが、「島津金蔵庫製作所」と書いてあったように見える。金蔵庫って金庫のことか?


 その島津金蔵庫製作所の前には龍泉寺がある。この辺りの町名、竜泉の元になったお寺だ。

葉桜光月通り(一葉桜 千束入谷振興会)の地図、アクセス

東京都台東区千束2丁目、入谷2丁目

葉桜光月通り(一葉桜 千束入谷振興会) 情報交換

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