天正18年(1590)、徳川家康が江戸入府した際、旗本の大久保七郎右衛門忠世が守護神である不動尊を神田に安置しました。その後、慶長16年(1611)に創建となりました。
慶安元年(1649)に、谷中に移ってきました。
總持院は、戦災を免れており、改築や補修で保たれています。
境内には、不動堂があり、睨みを利かせた不動尊が安置されています。
江戸切り絵図と總持院
江戸切り絵図(日暮里豊島辺絵図)には、宗持院と記されています。
天王寺の境内の大部分は、谷中霊園となっていますが、江戸時代は、切り絵図を見ると、總持院の辺りまで境内となっていて、總持院の向かいに天王寺の表門があったことになります。
總持院と天王寺の間には、新茶屋町と書かれています。池波正太郎の時代小説「鬼平犯科帳」に、いろは茶屋として、この辺りのことが登場しますが、岡場所があったようです。今で言えば風俗街ですね。今では全く考えられませんが。
總持院の地図、アクセス
東京都台東区谷中6−2−33
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