平安時代の延喜年間(901−923)に、現在よりも南東の牛田あたりに創建されたそうで、かなり古い神社になります。江戸時代初期の元和2年(1616)に、掃部堤(かんもづつみ)という堤防を築く際に、氷川神社の社地が含まれることから、現在の地に遷されたのだそうです。
掃部堤を築いたのは、石出掃部介吉胤という遠江国の出身とも、相模国出身とも言われている人です。この一帯はのちに掃部宿という千住宿の一部の宿場町となりましたが、その名は、石出掃部介吉胤が由来となっています。石出家は、掃部宿の名主を代々務めたそうです。
こうして現在の地に遷されて、仲町氷川神社は、掃部宿の鎮守となりました。
ご祭神は、素戔嗚尊(すさのおのみこと)。
千住は、日光街道、奥州街道の一つ目の宿場町。とても栄えた地域。
境内は緑が多く、足立区の指定の保存樹林となっています。
仲町氷川神社の境内社
境内には、境内社が4社あります。
稲荷神社と、三峯神社。合祀されています。社殿は覆堂に覆われています。古い社殿なのでしょうか。
江島神社。鳥居の奥には、弁天像が組み込まれた供養庚申塔があります。この庚申塔は、元禄2年(1689)に造塔された古い庚申塔だそうです。弁財天を主尊とした庚申塔は、都内ではこの一基だけだそうです。
あと、写真を撮り損ねたのですが、関谷天満宮が境内社としてあります。これも創建は古く平安時代の天暦3年(949)の創建だそうです。
仲町氷川神社の地図、アクセス
東京都足立区千住仲町48−2
0 件のコメント:
コメントを投稿
こちらからコメント、情報をお願いします。