2022年3月13日日曜日

道本山 東海院 霊嚴寺|清澄白河、松平定信の墓のある巨大寺院

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 地下鉄、清澄白河駅周辺は、お寺の多い地域であります。


 江戸切絵図「本所深川絵図」を見ると、江戸の頃からお寺が多いことが分かりますし、巨大なお寺もあったことが分かります。
 この霊嚴寺も、江戸切絵図上では、かなりの寺域を有していたお寺だということが分かります。切り絵図には、南側を浄心寺、東側を霊光院と接していますが、現在は、離れていますので、これを今の地図上で考えると、霊嚴寺の境内は、現在の2倍くらいあったのではないかと思われます。


 霊巌寺は、駿河国出の雄誉霊嚴上人が、寛永元年(1624)に開山したお寺です。当初は、現在の霊巌寺から西南にある永代橋で隅田川を渡ると新川というところがありますが、そこにありました。地図で見ると分かりますが、四方を日本橋川、亀島川、隅田川に囲まれていて島のようになっています。もとも霊巌寺があった島なので、霊巌島や霊岸島と呼ばれました。江戸切絵図にも霊巌島丁と書かれています。
 霊巌寺は、浄土真宗の檀林(宗派の学問所)として周囲に120の学寮があったといいますから、この新川にあった頃も、大きなお寺だったのでしょう。明暦の大火で延焼してしまったため、万治元年(1658)、現在の深川に移されたのですが、こちらに移ってからは、学寮は40程度になったようです。


 霊巌寺には、江戸時代の大名の墓が多く存在し、寛政の改革を行った松平定信をはじめ、今治藩主松平家や、膳所藩主本多家の墓などがあります。




 そして、境内で、一際目を引くのが、江戸六地蔵の五番目である巨大な銅製のお地蔵さん。江戸六地蔵は、江戸からの各街道の出入り口に造立され、ここ霊巌寺は水戸街道筋ということです。が、水戸街道は、千住からなので、このあたりは水戸街道通っていないような気がします。


 現在の本堂は、昭和56年(1981)に完成した鉄筋コンクリート製の建物です。

巌寺の地図、アクセス

東京都江東区白河1−3−32
 

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