2021年6月13日日曜日

弥五エ門稲荷|迷路のような羽田猟師町に残るお稲荷さん

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 羽田は、戦前までは、海水と淡水が混じり合う豊かな漁場でした。羽田の南東部は、かつて羽田猟師町(漁師とは書かない)と呼ばれていました。今でも、この界隈は、細い路地にごちゃっと民家があるような町ですが、どうやら、かつて漁港があった場所を中心に建て割りができていて、その建て割りが残っているようです。
 もう漁師をしている人は少ないのでしょうが、漁師町は、独特な道割り、建て割り、雰囲気があります。田舎の漁師町を歩いているような感覚に陥ります。


 そんなかつての猟師町(漁師町)を歩いていると、お稲荷さんがありました。「弥五エ門稲荷」。弥五エ門とは、江戸時代、羽田猟師町の名主であった鈴木弥五右衛門のことであると思われます。その鈴木弥五右衛門は、天明年間(1781−1789)に、低湿地であった現在の羽田空港の場所開墾し、鈴木新田を完成させたのです。
 戦後、昭和20年9月、その鈴木新田の場所を含め、現在の羽田空港に住んでいた人たちに、GHQより、48時間以内の退去命令が出され、米軍の羽田アーミーエアベースが造営されました。これをもって、鈴木新田は、消滅してしまいました。この48時間以内に退去させられた方たちは、今も羽田近辺にお住まいの方もいるようです。
 GHQによる強制退去により、鈴木新田にあった鈴納稲荷神社も破壊されましたが、鈴納稲荷神社は、現在、羽田神社の境内社として再建されています。

五エ門稲荷の地図、アクセス

東京都大田区羽田3−9
 

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