高円寺駅北口の西側のガード沿いから始まる高円寺中通り商店街。歩いていると、商店街はいつの間にか高円寺北中通り商店街に変わっています。人通りも少なくなって、地元の庶民的な商店街になるのかなと思いきや、それは高円寺、それだけではございません。
庶民的なお店に混じり、よりカウンターに、よりアナーキーになっていくような感があります。
大正時代の長屋が残っています。住宅だったのか、商店だったのか。その当時から、この辺りは、商店街だったのでしょうか。そんな長屋に入っているコクテイル書房。もともと国立で古本屋として開業したそうですが、集まってくる学生たちとの酒盛りが発展して、飲食できるようにしたらしいです。その後、高円寺に移転してきたそうです。
古本を読みながら、酒が飲める。ある意味、一人飲みの理想系なんじゃないですかね。
コクテイル書房の隣には、藪そば。神田やぶそばを中心とする暖簾分けのお店の団体、薮睦会に入っている由緒正しき蕎麦屋。昭和30年代からやっている老舗です。その頃は、この辺り、学生や庶民が暮らす町として賑やかになっていたのでしょうか。
フデノビルというビルには、インディな洋服屋とか、トークライブハウスが入っています。この日、「山谷 やられたらやりかえせ」を上映していたようです。これ、東京のかつて存在したドヤ街「山谷」のドキュメンタリー映画。かつて、山谷には、日雇い労働者が簡易宿泊所で寝泊まりし、昼間から飲んだくれ、たまに暴動を起こしていたという、今では考えられない場所だったんです。そんな映画を上映するなんて、、、アナーキーな商店街ですわ。
センセーショナルなショップ名、素人の乱。素人が何の乱を起こすのか分かりませんが。お店は、ただのリサイクルショップですが、オーナーが学生時代に、平成の時代には珍しく活動家として色々活動していたようです。興味のある人は、Wikipediaをご覧下さい。
活動内容は、なんだかよく分からない自分勝手な言い分を押し通そうとする遊び半分のような活動?なのかな。昭和の学生運動のように体制に対する反乱という趣ではなく、その延長線上で悪ノリしているような感じ?のように見えますが、それがその時代の空気なのでしょうか。いずれにしても、それだけの人を動かしたのは凄いのかなと思います。
高円寺には、やはりアナーキーな人たちが棲んでいるのです。
庇にSINCE1966と書いてあるので、昭和41年の創業なのでしょう、洋食の店 KITCHEN フジ。このフジのロゴが、また昭和を彷彿させるというか、昭和に放送されていたフジテレビの深夜番組オールナイトフジのロゴにそっくりな感じが。
洋食の店で、この外観ですので、確かに町の洋食屋さんなのでしょうが、店内は、モロ大衆食堂。中通り商店街を含めたセントラルロードには、昭和の大衆食堂が結構残っているのです。KITCHEN フジの並び数軒先には、三晴食堂という大衆食堂があります。
この三晴食堂、創業はいつなのか分かりませんが、こちらも純然たる大衆食堂なのです。
これ
プリマヴェーラ。こんな高円寺の深部にセレクトショップ。
昭和の商店建築に入る東京エフェクター。その名の通り、エフェクター専門店。ですが、このお店、荻窪に移転してしまっているようです。
北中通り商店街は、馬橋通りに突き当たります。突き当たった辺りも北中通り商店街であり、古い看板建築が少し残っています。
古着屋VALDERRAMA。ここ、先ほど話題にあげた素人の乱の6号店という位置付けです。なんと、営業は17時から夜営業のようです。
高円寺北中通り商店街の地図、アクセス
東京都杉並区高円寺北3丁目、4丁目
高円寺北中通り商店街 情報交換
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