2022年8月13日土曜日

荒川中央通り|町工場!トタン建築!看板建築!宮造り銭湯!正統派下町通り

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 明治通りの荒川三丁目交差点から、京成線・町屋駅までの通り。そこには片側一車線の下町の路地にしてはそこそこ幅のある通り、荒川中通りがあります。なぜこの通りが荒川中央通りと、中央を名乗っているのか分かりませんが、荒川区役所が近くにあるからか、荒川という地名の中央部にあるからとかそういうことなんでしょうか。
 この辺りが荒川という地名になったのは、昭和30年代なのですが、荒川区庁舎がこの近隣にできたのは、昭和7年のことで、また、荒川という地名になる前は三河島だったのですが、荒川区庁舎になる前は、三河島村役場があったといいますから、この辺りは古くからこの荒川地区というか、三河島地区の中心地的なところだったのかもしれません。
 といいつつ、荒川区という下町特有の、低層の町工場や、民家、アパートなどが集結する地区であり、中心地というにはあまりにも饐えた景色の広がる地域ではあります。


 明治通りから荒川中央通りに入ってすぐあるのが、光栄軒。ドカ盛りで有名な町中華。昭和52年(1977)創業。この日も行列ができていました。


 この通りは、特に商店街というわけでもないのですが、古くは商店が結構立ち並んでいたのだろうと思えるような看板建築などの古い商店建築のようなものが残っています。もしかしたら、過去には商店会とか組合があって商店街だったのかもしれません。


 通りを進んで行くと、古い商店建築のような建物の多くはシャッターが降りていて、寂れ感が強いのですが、その建物の数だけ私の頭には往時の賑わいが蘇ってくるのです。



 年季の入った立派な町工場、現役っぽいです。西計器という会社のようで、その名の通り、計量器の製造販売から、その他、さまざまな金属加工を請け負っているようです。隣には蔵のような建物もあり、その隣にはプレハブのような工場のような建物があります。これぞ町工場!今では少なくなりましたが、過去には、こんな工場がこの辺りにはたくさんあったのでしょう。



 韓国食材店の入る看板建築。その裏には、字面からして古めかしい中里荘。昭和の時代からある風呂なし安アパートかもしれない。



 キッチン妻。随分思い切った店名の洋食屋。ご主人、さぞかし愛妻家なのでしょう。


 荒川中央通りの中腹あたりに、酒場が連なる商店長屋があります。が、現役なのかどうなのかはさっぱり分かりません。ネットを見ると何らかしらのお店が入っているようであります。こんな都電の停車場からも、京成町屋駅からも少し離れたところに酒場が入る長屋があって、そして、その辺りの路地裏に入ると、野崎浴場という立派なレトロ銭湯があります。
 地元の町工場の労働者たちが、銭湯で汗を流し、そして、近場の酒場で酒を呑んでたのでしょうか。勝手な想像で、勝手に郷愁に浸るのです。


 野崎浴場の路地。


 野崎浴場は、昭和29年(1954)創業。唐破風の立派な宮造りのクラシックな銭湯。お湯は薪で沸かしているなど、昔ながらの本格的な銭湯。こんな路地裏に残っているのがキセキだなぁっと思います。労働者も減っているんだろうし、風呂なしの家なんてこれも減ってるんだろうし、でも、どうかこのまま存続してほしいな。


 野崎浴場の前には、また古めかしい看板建築や、商店長屋があるのです。多分もう、閉業して老齢の元ご主人夫妻が住んでいるのかな。「ナショナルエアコン」の看板がレトロで懐かしい町の電気屋さん。お店の前の鉢植えが大きく茂っているので、このお店も廃業しているのでしょう。ただ、その隣、野崎浴場の真向かいにCOFFTT BATTERYという、2021年オープンの真新しいカフェがあります。
 こんなお店が、このレトロな商店建築を生き返らせてくれることを期待したいのですが、こんな所にコーヒーを飲みにくる人がいるのだろうか、いささか不安になります。



 奥に進むと、町の自転車屋さんが現役で!がっちり、どっしりとした石壁のようなデザインの看板建築。入り口は、木の引き戸!
 今はもう、中国製だかなんだかのよくわからない自転車を使い捨てのように乗ってる人が多いですが、昔は自転車はそこそこ高級品でしたし、誰もがブリヂストンや丸石自転車などのちゃんとしたメーカーの自転車を大切に乗ってたんですよね。町の自転車屋で自転車を買って、その自転車屋で修理してもらったりして。そんな自転車屋が、こんな下町の路地裏に残ってるんですよね。建物もそのままに残っているのが、感動的。



 荒川中央通りに戻って、たばこ屋からまた細い路地があるのですが、この路地がまた!


 過去には商店街だったのではないかと思うくらい、こんな細い路地に古い看板建築が連なっていたりするのです。ただ現役の商店は、この写真のみそ一二三屋とそばのやぶ栄と、その先のいろはくらい。



 ただ、このいろはは、やっているかどうか分かりません。この日は開いていませんでした。開いたり閉まったりのようですね。下町のこんな路地裏の定食屋ですから、きっと老父婦が営んでいるのでしょうから、不定期になってしまうのですかね。


 いろはの先には、トタン建築が連なる風光明媚な一画が。これぞ下町、荒川!



 トタン建築の一つには、豆腐店の看板。もうやってないのでしょうが、ご近所や、また、この辺の飲食店なんかに卸していたのかな。看板をよく見ると「◯◯◯三河島支店」と書いてあります。ここの地名が荒川になる前の三河島の時代からの豆腐店ということ?そうすると、この酒井豆腐店という豆腐店の大元の豆腐店があったのかな?


 酒井豆腐店の側面もとても下町ライクな風貌。


 酒井豆腐店の先にもトタン建築。これは、商店だったのか、それとも何か工場だったのかな?


 この辺もどうでしょう?商店が入ってたんじゃないですかね?だとすると、ここまでだけでも、この細い路地にしてはお店がたくさんあったんだろうと思います。いやぁ、下町の路地裏商店街。郷愁を抑えきれませんよ。



 これ!かなり立派で、頂部の形がオシャレな看板建築。なんのお店だったのだろう?私の勝手な想像では、この形は化粧品店!ただ、現在、この建物の一階にはちはるというスナックが入っています。


 その隣、今は住宅になっているようですが、この造りは、いかにも商店だったのではと思われます。


 その後も、看板建築は続くのです。


 トタン物件も。



 「第一パン 飯田食料品店」という看板が白塗りされます。大型スーパーなんかができる前は、下町には個人の小さな食料品店がいっぱいあったんだと思います。下町散策すると、そんな残骸をよく見かけます。




 路地裏商店街だったような通り荒川西中央通りと交差するところで終わり。荒川中央通りに戻る最中に、こんなトタン住宅が。なんたる下町!




川中央通りの地図、アクセス

東京都荒川区荒川2丁目、4丁目、7丁目

     


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