2022年11月13日日曜日

キラキラ橘商店街(向島橘銀座商店街協同組合)|細い路地に下町の活気の残る昭和レトロ商店街

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 曳舟駅から曳舟たから通りの南にある商店街。至近に駅がなく陸の孤島のような場所にある商店街。そんなアクセスの悪い場所にありながら、未だにその昭和レトロな商店街は活気で溢れています。
 未だになぜ活気があるのかわかりませんが、なぜここに商店街ができたのか?それはもしかしたら、この商店街の南端は東部亀戸線の踏切と交差するのですが、そこに昭和3年(1928)から昭和32年(1957)まで、東部亀戸線の十間橋通駅があったからかもしれません。と思ったのですが、ネット検索してるとここに市場があり賑わっていたという昭和2年の写真が出ていました。そして大正元年創業のパン屋もある。ということは、駅ができる前からお店が並ぶ通りだったんですね。私の推察は見事外れました・・・想像以上に歴史がある。
 その東武線の踏切の向こうは、十間橋通り商店街という商店街なのですが、こっちの方は衰退一直線な昭和レトロ商店街の残骸的な商店街なのですが、なんでキラキラ橘商店街は、未だに賑わいがあるんだろう。


 とはいえ、踏切近くは商店の抜け殻と化している。この辺りに十間橋通駅があった。賑わったんだろうな。新友寿しなんて看板が残っています。



 東京大空襲では、焼け野原と化した墨田区ですが、この辺り京島は奇跡的に戦禍を逃れた地域で。路地裏には、木造の風情のある住宅が多く残っています。





 曳舟たから通りを渡った先から、商店街は急に活気を呈してきます。
 たから通りと交差するところには、明治から祀られている田丸稲荷神社があります。神社脇には、藤棚があり、その下にはベンチ。ベンチには、近所のお年寄りが集まって談笑しているというなんとも下町な情景があります。




 うどん&カフェ。あまり考えたことのない組み合わせ。


 インテリアショップは、廃業したのかインテリアどころでなくなっている様子。






 キラキラ橘商店街でよく取り上げられるのが、このハト屋。大正元年創業というとてつもなく古いお店。ただ、一度廃業しており、解体の危機にさらされていたこの建物を守ために常連さんが買い取り、お店が再開したんです。
 看板のデザイン、そして、木戸がなんともいえません。いつまでも残してほしいものです。








 商店街からそれて別の路地へ。


 看板建築の並びに、昭和レトロな喫茶店。このあたりの路地に、さまぁ〜ずの三村さんの実家があるらしいです。



 商店街に戻る。




 たぶん、この寿司屋の南に映画館、橘館があったと思われます。この商店街、現在は、キラキラ橘商店街、過去には向島橘銀座商店街。なんで橘かというと、過去に橘館という映画館があったからです。なので橘館通りとも呼ばれていたようです。
 映画館があったとなると、かなり賑わったんでしょうね。


 路地の昭和な風情がたまりません。





 あまりにも昭和な建物に昭和な看板、昭和なフォント。これは昭和レトロ好きにはたまりませんわ。


ラキラ橘店街の地図、アクセス

東京都墨田区京島3丁目

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