2022年10月15日土曜日

榊神社|弥生時代後期に日本武尊が創建!?したと伝わる神社

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 伝わる歴史はあまりにも古い景行天皇40年(110)に、日本武尊が東国鎮定の際に創建されたとされる神社。東京で古い神社はたくさん見てきましたが、西暦110年なんてあまりにも古すぎる!!
 弥生時代後期であり、伝わることが本当なのか何なのか、にわかには信じ難いのでありますが。それぞれの地にそれぞれの村というか国家が形成されていた中で、天皇家、大和政権の祖の人たちが、日本を平定していった頃のことなんだろう。
 天皇家が西の方から始まったからなのか、東国は蝦夷なんていう別の民族が住む地域であり、そこを日本武尊が平定していったというのが神話のようになっているけど、そういうことがその時代にあったんでしょう。そんな史実としてもおぼろげな時代に創建されたであろう神社なんですね。


 祀られてる神様は、天神第六代坐榊皇大御神(あまつかみむつのみよにあたりたまうさかきのすめおおみかみ)。日本神話の中で神代七代といわれる、天地開闢の時に六代目に生まれた面足神と惶根尊のことをそのようにいわれるそうです。
 第六代なので、神仏習合の時代には仏教の第六天魔王と結びつき、当社は第六天社と呼ばれていたんです。


 江戸切絵図には、今とは違う場所、柳橋篠塚通り篠塚稲荷神社がある通りに第六天と書かれています。この辺りは第六天門前丁と書かれていてます。


 そして、結局、あまりにも古すぎる時代の話なので何が本当か調べてもよく分かりません。創建に関しては諸説あるようです。
 そもそも榊神社、第六天社は、江戸切絵図に書かれている場所でもなく、もっと北の現在でいうと蔵前4丁目にあったとされています。そこに、その神代の頃、日本武尊が訪れたことを尊び鳥越神社を祀り、その末社として第六天社を創建したという説も。そんなことを考えていると、とんでもない歴史ロマンを感じるのですが、私だけでしょうか。


 明治6年(1873)、第六天社から榊神社に社号が改称された。第六天という仏教との関連を外したんでしょう。そして、昭和3年(1928)、現在の地に移ってきたんだそう。


 榊神社が移ってくる前は、東京職工学校があったんだとか。東京職工学校とは、現在の東京工業大学。関東大震災で、ここから目黒区大岡山に移転したそう。東京職工学校ができる前は、浅草文庫というのがあったそうで、浅草文庫というのは明治政府が創設した官立の図書館。現在の国会図書館のようなもの。




神社地図、アクセス

東京都台東区蔵前1−4−3

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