2021年1月31日日曜日

延壽山 長久寺|上野戦争の弾痕残る谷中のお寺

 ホーム寺院>延壽山 長久寺


 寛永年間(1624−1645)に創建されたようですが、詳細は分かっていないようです。
 この三崎坂は、上野戦争の際、新政府軍の長州藩を中心とする部隊が天王寺寛永寺へ進軍したルートになります。迎え撃つ彰義隊は、三崎坂にある寺院に潜んでいましたから、この長久寺の山門には、弾痕の跡が残っています。この写真では見づらいでしょうが。


 こんなのどかな下町で、150年前に、内戦があり、多くの人が亡くなったなんて、今では考えられません。


 山門を潜ったらすぐ境内で、こぢんまりとした境内です。ここにも彰義隊が潜んでいたのでしょうか。
 木造瓦屋根に、火灯窓の本堂もこぢんまりしていますが、風情のある本堂です。

江戸切絵図で見と長久寺


 江戸切絵図には、現在と同じ三崎坂中腹に記載されていますが、現在は、明王院と長久寺の間に、全生庵福相寺があります。福相寺は、江戸切絵図に書かれている福正寺でしょうか。全生庵は、明治に入り創建されたお寺ですので、江戸切絵図に書かれていなくて当然です。全生庵が創建されて、この辺りの位置関係が変わったのでしょうか。

長久寺の地図、アクセス

東京都台東区谷中5−4−11
 

0 件のコメント:

コメントを投稿

こちらからコメント、情報をお願いします。