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2022年10月9日日曜日

柳橋桜北通り(柳橋花街の痕跡④)|路地裏に花街の風情が残る

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 柳橋桜南通りに続いて、柳橋桜北通り。総武線高架下の通りで、東はじからは隅田川テラスに入れます。
 柳橋桜北通りも路地裏を含めて、消滅した柳橋花街の風情が少し残っています。



 柳橋、鰻の名店よし田。柳橋花街がまだまだはなやかであった戦後すぐの創業。よし田でしかない焼いたうなぎを味噌漬けにした「よ多漬」は、花柳会のお使いものとして重宝されたそう。


 今は民家なんでしょうが、造りからいって料理屋だったのかなと思われるような建物も多く残っています。昔は賑やかだったんだろうな。




 東の方は浅草橋になるのですが、浅草橋は人形の街でありますので、柳橋桜北通りの路地裏にも人形屋があります。


 そして路地裏には飲食店が多くあります。花街であった頃の名残で飲食店が残っているんですかね。



 昭和41年(1966)創業の鳥茂。風格のある昭和レトロな建物が良い。昭和40年代ともなると柳橋花柳会も翳りが見えてきた頃ですかね。夜散策をしたことないので、この界隈の夜はどんなものなのかわからないのですが、鳥茂は人気店のようで予約しないと入れない時もあるようです。


 旧柳橋花街の中でも、西側は浅草橋駅に近いという立地からか、飲食店が多い。とはいえ、先の鳥茂がこの界隈の一番の老舗っぽいので、どのお店も柳橋花街が廃れたあとに始めたお店なんだろう。


 Chiken Place。平成7年(1995)から、焼き鳥バーとして営業しているお店。平成レトロといっても良い老舗。焼き鳥もそうですが、カレーもおいしいようでランチも人気のようです。




 レトロな建築が残るこの界隈ですが、このレトロ建築はそこら辺のただの商店建築とは違い、威風堂々としている。銀行か証券会社の建物?なんて思えるくらいお堅い感じのする建物ですが、こんな路地裏に銀行とか証券会社があったなんてのも考えづらい。
 調べてみたら昭和3年(1928)に建築された歯科医院(原歯科医院)の建物らしいです。




 これは料亭だった建物でしょう。柳橋界隈には、待合だったのかなと思えるような花街時代の小さな建築はポツポツ見かけますが、これだけ大きな建物はあまり残っていないような気がします。





橋桜北通りの地図、アクセス

東京都台東区柳橋1丁目

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2022年10月8日土曜日

柳橋桜南通り(柳橋花街の痕跡③)|総武線高架下の寂れた路地

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 柳橋花街の跡地を神田川から北に向かって歩くと総武線の高架下にぶつかるわけですが、その高架下の南側の通りが、柳橋桜南通り。この辺りの「柳橋・・・通り」という通りの名前は、平成24年(2012)に台東区で採用された名前なので、ここの柳橋桜南通りという名前もそれほど古いわけでない。
 なぜ柳橋桜なのかというと、春に来たことがないので分かりませんでしたが、この高架下には桜が数本植わっています。なので桜の通りなんですね。


 柳橋桜南通りも、他の「柳橋・・・通り」と変わらず、何もない寂れた通り。だけれども、路地裏には、花街の痕跡があるんじゃないかと。




地裏を歩く


 路地裏に入ると、少し大きめの商店なのか会社なのかそんな古い建物が多く残っています。




 そして、ビルにがっちり挟まれたこの建物。待合だったんですかね。私、素人ですのでこれが本当に待合跡なのかと問いただされるとさっぱりわからないのですが、この柳橋でこの大きさの建物は、待合だったとしか思えないのですが、どうなのでしょうか。こんなところに黒塗りの車で政治家が乗り付け、待合政治を行っていたんでしょうか。


 都内の花街(跡)はいろいろ歩きましたが、柳橋は待合だったのかなと思えるような建物が比較的多く見られるような気がします。


 そのような少し花街の痕跡を残す路地裏に美家古鮨があります。なんと創業は文化5年(1808)!初代の創業者は屋台から始め、慶応2年(1866)にお店を構えたという。天保の改革(1841年)以降、深川から逃れてきた辰巳芸者たちによって大きく成長した柳橋花街の寿司屋ということです。さぞ繁盛したのでしょう。


 美家古鮨の建物なのかなんなのか分かりませんが、この辺り、少し風情が残っています。





 角打ちのできる酒屋SAKE Street。角打ちと言っても、下町の労働者のための角打ちではなくて、日本酒専門の酒屋で試飲を目的とした角打ち。なので下町情緒を楽しむとか安く飲むとかそういう目的のものではないですね。なので、本来の角打ちではなく試飲のできる日本酒専門店というのが正しいのかもしれませんが。
 そんなカテゴリー上の問題はおいておいて、このお店にある日本酒の7割は試飲ができ、しかもお燗をセルフでできるので、自分の好みの温度でお燗ができたりします。



 店の構えがすごいとんかつ百万石。昭和20年(1945)創業。戦後の少しだけの間は、この界隈が柳橋の花柳会として賑やかだったのでしょう。




 西の路地裏は、少し飲食店が多くある。




 柳はし千金は、昭和元年(1926)創業の老舗割烹料理屋。ちょっと情報がなくてよくわからないのですが、かつては料亭だったのですかね。

橋桜南通りの地図、アクセス

東京都台東区柳橋1丁目

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2022年10月2日日曜日

柳橋篠塚通り(柳橋花街の痕跡②)|無機質なビル街に花街の痕跡を求める

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 柳橋大川端通りから江戸通りまでの通りはいくつもありますが、篠塚稲荷神社がある通りが、柳橋篠塚通り。柳橋花街の隆盛と衰退については、柳橋大川端通りに記しましたが、ここ、柳橋篠塚通りも、往時は花街のまっただ中。であったわけですが、今はただのビル街と化していますが、ところどころに痕跡もあります。
 そんな痕跡を求めつつ散策しました。



 Leather Goods MORIYA。革製品のショップ。建物は二階建ての趣のある少し古そうな商店建築。隣がその本社。柳橋には、革製品のお店が多いです。浅草に近いからですかね。浅草あたりは日本の一大皮革産業地帯ですから。この会社の歴史は古く昭和2年(1927)の創業。


 廃屋になっている和風な商店建築2棟。その隣がこの通りの名前の由来になっている篠塚稲荷神社。創建年代は定かではないようですが、室町時代頃にはあったようです。
 そして道を挟んで隣、今はマンションになっていますが、過去には伝丸という料亭があったところです。料理店として細々と残っていたようですが、平成29年(2017)に閉業し、マンションに建て替わってしまったようです。



 居酒屋玉椿。日本酒にこだわっている酒場のよう。


 一本北の路地に入ると少し飲食店がある。花街という繁華街だった名残だろうか。あるといっても数軒だが。


 麺酒房福林。町中華というかなんだかよく分かりませんが昼間から安く飲めそうな中華。



 篠塚稲荷神社の裏には柳はし鳥さき。看板にある通り、鳥釜飯、焼き鳥がおいしい。ランチ時は、近所のオフィスのサラリーマンの人気店のようです。数年前まで、この向かいに黒塀の料亭、伝丸があったのですが。


 そして、路地裏で発見したこの建物。なかなか風情のある建物。待合だったのかな。こんな建物が、この路地にはたくさんあって、芸者さんが行き交ってたんだろうな。想像もできないくらい無機質で人気のない路地裏なんだが。



 路地裏に古書みつけ浅草橋という古書店がありますが、店内には、柳橋花街がはなやかだった頃の写真が貼られていたりします。


橋篠塚通り地図、アクセス

東京都台東区柳橋1丁目

橋篠塚通り 情報交換

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