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2020年7月18日土曜日

東上野コリアンタウン(キムチ横丁)|東京最古のコリアンタウン

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東上野コリアンタウン(キムチ横丁)

 アメ横を東にそれて、昭和通りを渡って少し歩くと韓国食材店、焼き肉店が集中している一画がありますが、ここが、東京最古のコリアンタウンと言われている、東上野コリアンタウン(キムチ横丁)です。

東上野コリアンタウン(キムチ横丁)



東上野コリアンタウン(キムチ横丁)の地図、アクセス

東京都台東区東上野2丁目



東上野コリアンタウン(キムチ横丁)の成り立ち

 東京でコリアンタウンと言えば新大久保です。新大久保にはロッテの工場が1950年から2013年まで操業していましたから、韓国系のお店が集まったのでしょう。
 一方で、こちら東上野コリアンタウンは、戦後の闇市に端を発しています。北関東、東北、信越、常磐方面の玄関口であった上野は、物資も集まりましたら、とても大きな闇市が形成され、これらの闇市は、日本のやくざ、在日華僑、朝鮮人が支配し、勢力争いが繰り広げられていたようです。
 この勢力争いの過程で、在日朝鮮人は、上野高架下から、東上野に集まり、コリアンタウンを形成したのです。言い方は悪いですが、上野の中心地から逃れてきたという感じでしょうか?
 戦後すぐのことです。新大久保の方は、戦後にロッテの工場が出来てから、徐々にコリアンタウンかしたのでしょうから、この東上野のコリアンタウンが、都内最古のコリアンタウンと言われるのは、当然のことなのでしょう。

焼肉 大門

 成立当初は、国際親善マーケット、上野親善マーケットと称していたようです。勢力争いを繰り広げといて国際親善とは?と思ってしまいますが・・・
 現在は、飲食関係しかありませんが、成立当初は、民族衣装店などもあったようです。

東上野コリアンタウン(キムチ横丁)

 そして、今となっては、韓国料理屋のみという硬派なコリアンタウンとなっておりまして、新大久保のような韓流、K-POPなどの、俗っぽい文化は全くありません。通称が「キムチ横丁」ですし、POPとはかけ離れていますね。ですので、若者は一切おりませんし、裏びれた雰囲気が漂っています。

上野肉店

 ハングル文字があまり無いところが、韓流ごり押しみたいな浮ついた感じがせず、日本と韓国の歴史を感じます。

焼肉釜山館

 ビルの間を入っていくと、ビルの裏側のようではあるのですが、看板が掲げられています。

東上野コリアンタウン(キムチ横丁)

 お店の入り口が、このビルの間の隙間にあるお店があります。路地裏ならぬ、ビル裏なのです。このビルの隙間から、「釜山館」や「富士吉」、「東京苑」などの焼肉屋に入ることになります。新大久保とは違い、この焼肉屋密集という感じが、正統派コリアンタウンという趣であります。

東上野コリアンタウン(キムチ横丁)

東上野コリアンタウン(キムチ横丁)

 2020年コロナ禍の散策だったからなのか、人気がないどころか、お店も開いているのか閉まっているのかよく分かりませんでした。

東上野コリアンタウン(キムチ横丁)

焼肉東京苑

焼肉東京苑

 普段から人気が無いのか何なのか分かりませんが、不思議なビルの隙間です。
 歴史がありますし、浮ついたファッションは感じられませんから、こここそ、本場の焼き肉、キムチが味わえそうではあります。

東上野コリアンタウン(キムチ横丁)






東上野コリアンタウン(キムチ横丁) 情報交換


東上野コリアンタウン(キムチ横丁)について、足りない情報や、新しい情報などありましたら、コメントをお願いします。情報交換の場にしてもらえればと思います。私も知らないことが多いので、ぜひお願いします。

2020年2月24日月曜日

秋葉原ジャンク通り|ジャンクパーツ、メイド、アイドル、フード、秋葉原の何でもストリート

ホーム>東京の通り>秋葉原ジャンク通り


 ジャンク通りは、秋葉原の中央通りから神田明神側の路地に入ったところにある通りです。その名の通り、ジャンク品を扱うお店が多いことから、ジャンク通りと名付けられたのでしょう。




 いつ頃から、ジャンク品のお店が立ち並び、いつ頃からジャンク通りと呼ばれるようになったのかは分かりません。現在は、PCパーツのショップが多いですが、その昔は、無線パーツのジャンクショップがたくさんあったようです。



 秋葉原の硬派な人たちのジャンクパーツ屋だけで無く、ここ、ジャンク通りも、秋葉原カルチャーもごちゃ混ぜに入り混じっております。


 アニメ系フィギュアショップはもちろん、夜になると・・・


 萌え系な夜のお店が営業を始めます。



 メイドさんも、夜のキャッチを始めます。



 看板を見ているだけでも、ここは秋葉原なんだと思える看板がたくさんあります。他の地域では、こんな看板がこれだけ密集していることはないでしょう。



 上を見上げるとコスプレ居酒屋。コスプレした店員さんが給仕してくれる居酒屋のようです。







 ローソンの看板もアキバならではです。
 いきなり、夜のジャンク通りをご紹介しましたが、昼間も、飲食店が多数営業しています。


 ジャンクなラーメン屋さんなどが多いですが、下の「赤津加」さんは、昭和29年から営業している老舗の居酒屋です。中は、周囲の喧騒とは別世界のようです。




 ジャンク通りに、代官山の人気ハンバーガーショップ「HENRY'S BURGER」がオープンしています。ジャンクな通りも、少しずつオシャレに変わっていくのでしょうか?
 この通りを歩く人は、本当のオタク、観光客、外国人観光客、ミーハーな人という区別ができると思いますが、「HENRY'S BURGER」が惹きつける人はミーハーな人でしょう。


秋葉原ジャンク通りの地図、アクセス


山王小路飲食店街(地獄谷)|大森駅前、谷底飲み屋街

ホーム>飲み屋街>山王小路飲食店街(地獄谷)

山王小路飲食店街入口

 京浜東北線、大森駅。西側は、丘陵地帯の山の手であり、明治以降の近代、その風光明媚な土地に惹かれて、作家や画家が多く住み、馬込文士村と呼ばれていました。都内のこのような高低差のある場所は、歴史的に、高台に金持ち、お偉いさんが住み、低地に一般庶民が住むという構造になっており、この大森駅前の山王地区も、そのような居住構造になっております。
 大森西口の山王地区は、歴史的にも現在も高級住宅地なのでありますが、駅前の商店街は、とっても庶民的で、高級感は微塵も感じません。
 そして、駅前の商店街から東に、京浜東北線側に下りる階段があります。下りる階段の手前には、「明朗会計!美味い焼鳥あり〼」と看板が。高級住宅地に、この庶民感。本当に高級住宅地なのでしょうか?

 山王小路飲食店街(地獄谷)の地図、アクセス

東京都大田区山王2丁目





 その階段を降りた底が、いわゆる地獄谷。本当に谷に降りるような急勾配な階段。


 階段を下りると、その谷底は、一本の細い路地となっております。路地の奥には、酒場、居酒屋の看板が連なっております。こんな坂の下の人目のつかないところに、酒場、居酒屋が軒を連ねているのです。なんとも不思議な光景。




 居酒屋が立ち並んでいるというよりは、スナックや小料理屋が連なっています。お店の中もよく分かりませんので、一見さんが入るのは少し勇気がいるのかもしれません。
 しかし、ネットのレポなんかを見ていると、気さくなママのいるスナックが多く、値段も良心的なようです。




 スナックに紛れて、ミュージックバーがありました。通なおじ様だけでなく、若者も進出しやすくなってきているようです。



 ミュージックバーの先には、駅前の商店街に上がれる第二の階段があります。駅川の階段より段数が多くなっております。この山王小路飲食店街は、平坦な谷底なのですが、上の商店街の通りが坂道となっているため、徐々に商店街との落差が大きくなっていっているのです。
 また、駅よりの階段にはありませんでしたが、こちらの階段には、「山王小路飲食店街」の看板があります。



  階段を上に上がって、看板越しに飲食店街を見ると、このレトロ感がなんとも風情があります。ドラマのセットのようです。


 ドラマのセットみたいと書きましたが、実は、色々なドラマのロケで使われています。NHK朝ドラひよっこ、つるかめ助産院、ウロボロスなどなど・・・セットを作らなくてもセットみたいですもんね。




 スナックの看板だらけの中に、今時なバルを発見。フレンチバルのチェーン店のようです。都内のこのような昭和レトロな横丁に、このようなバルが良くありますが、ここには、このお店だけでした。
 スナックや小料理屋だけだと、いずれ時代の波に飲まれてしまうのでしょうから、このようなバルが入ってきて、若者も気軽に立ち寄れるようになるといいですね。
 と思っていたら、再開発の噂もあるようです。(地獄谷が消える!?隠れて高級住宅街「大森山王」:DIAMONDonline)若者が気軽にというか、この路地がなくなる前に、興味のある方は、早めに訪れておいた方が良いかもしれません。どこもかしこも再開発で嫌になりますね。横丁、路地裏の風情も残して欲しいものです。戦後の世俗文化のある意味一部分だと思います。




 大森駅側から歩いてい一番奥には、「Misakiya」というちょっと派手なネオンサインのシンガポールバルがあります。この派手さがまた、路地裏の昭和レトロ感を盛り上げてくれます。


 Misakiyaの前から、また、駅前の商店街に上る階段があります。二番目の階段よりも更に段数が増えています。


 かなりの急勾配です。この山王小路飲食店街は、別名「地獄谷」と呼ばれておりますが、この急勾配ゆえに、酔っ払って帰るのが大変なので地獄谷だそうです。そして、昔は、階段も無く、崖だったようで、崖を下りたり上ったりしていたそうです。下りるのはいいですが、酔っ払ってから上るのは確かに辛いですね。





山王小路飲食店街(地獄谷) 情報交換

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