2019年8月25日日曜日

宝田恵比寿神社|べったら漬けの起源、日本橋七福神の恵比寿さま

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 日本橋のビルに囲まれた神社です。
 私としましては、当神社の背後に見えるトタン建築が非常に気になり、そそります。これについては、後ほど。




 神社は、両側を駐車場で挟まれています。ので、横から見ると、非常にそっけない神社の壁が剥き出しになっています。両側の駐車場、元々は何か建物があったのではないかと想像します。その建物で、神社の壁は隠れていたのではないでしょうか。


 おみくじは、神社横に立てかけられた金網に結ばれています。都会の神社の素っ気なさが伝わってきます。


 神社の前の通りはえびす通りと言いますが、周囲に飲食店やお店などもそんなにありませんから、昼間は閑散として寂しい限りです。

田恵比寿神社の由緒

 現在では、こんな状況で、閑散としたオフィス街になっていますが、江戸時代から、日本橋は、商業の中心地でしたし、この宝田恵比寿神社周辺も、水運や金銀為替などで非常に賑わった活気のある場所だったようです。


 宝田恵比寿神社は、もともと江戸城外にあった宝田村と言う村の神社でした。徳川家康が江戸に入ってから、江戸城拡張のために宝田村は移転することになりました。この集団移転を馬込勘解由が宝田神社とともに住民を引率して成し遂げました。徳川家康からこの功労に対して、馬込勘解由に恵比寿像を授けたとのことです。この恵比寿像は鎌倉時代の運慶作とも言われています。宝田恵比寿神社は、日本橋七福神めぐりの「恵比寿様」です。
 馬込勘解由は、その後、伊勢、駿河、遠江、美濃、尾張から商人を集め、この一帯を江戸商人の町として繁盛させました。
 今は、人通りは少なく寂しげな雰囲気を感じますが、この一帯には、今でも老舗の商社などがたくさんあり、人が集まる商売の町ということでは、江戸の昔から変わらないのでしょう。


実際に、400年続くべったら市は、今なお大盛況です。500を超える露店が出て、10万人の人出があります。べったら市とは、10月20日の恵比寿講(商家で恵比寿様をまつる行事)にお供えをするために、前日の10月19日に宝田恵比寿神社の門前に市が立ち、魚や野菜、神棚などを売ったことが始まりのようです。
 べったら市と呼ばれる所以は、べったら漬けがよく売れたからだそうです。べったら漬けとは、この地域が発祥の大根の浅漬けです。
 そのようなわけで、宝田恵比寿神社は、この一帯の開拓、発展、江戸の商売の発展とともに歩んできたことになります。今の見た目や周囲の状況だけ見るともの寂しげな感を受けますが、今でもべったら市は大賑わいですし、江戸の昔からの賑わいを今も残しているのです。

宝田恵比寿神社の背後のトタン屋根は?
 私が一番気になるのは、最初の写真で見ました神社の背後のトタン屋根です。神社の背後には何があるのでしょう?


 神社横駐車場の十字路を曲がって少し行くと、細い路地が!やはり!この路地は、宝田恵比寿神社の裏になります。看板も見えます。路地裏の飲食店街なのではないでしょうか?


 やはりそうです。名もなき路地裏飲食街です。


 昭和レトロなパン屋さんもあります!


 パン屋さんの隣は、飲食店ではありませんが、昭和レトロ感ただならぬ建築物が!万能社という看板が掲げられており、調べてみると引越し屋さん?のようです。こんな細い路地に引越し屋さんて、不思議です。もともとは違う商店だったのでしょうか?
 しかも、この建築物は、看板建築なのですが、こんな狭い路地に看板建築があっても、上の看板は遠くから見えません。この細い路地を歩いている人にしか見えないと思われますが、こんな真上を見上げて歩く人はいないでしょうし、不思議でなりません。
 そんなことはどうでも良いですが、この細い路地に、小さな商店が立ち並ぶ風景は、昭和の息吹を感じます。戦後の復興から、高度成長への力強い日本のふもとの庶民の生活の息吹を感じます。


そして奥に進むと、銅板建築に緑が絡まっていたり。なかなかに味わい深い路地であります。



祭神

事代主命
少彦名命
大国主神
大己貴命
素戔嗚命



田恵比寿神社の地図、アクセス






本橋人形町の神社

 とにかく、日本橋、人形町界隈には神社が数多くあります。しかも、江戸時代から都会でしたから、郊外にあるような大きな神社ではなく、街中に佇む、今となっては、ビルの谷間にひっそりあるような神社がたくさんあります。
 江戸時代の文化の中心地であった日本橋人形町ですから、江戸の文化、芸能、風俗と関係がある神社もあり、往時をしのばせます。
・小網神社
 日本橋七福神めぐりの「福禄寿」。
 日本橋界隈では珍しい、戦前の木造神社建築です。

・末廣神社
 日本橋七福神めぐりの「毘沙門天」。
 人形町の娼妓、芸者からも信仰の厚かった、吉原遊廓、吉原花街とともに歩んだ神社。

・茶ノ木神社
 日本橋七福神めぐりの「布袋さま」。
 ビルに囲まれた小さなお社。

・水天宮
 日本橋七福神めぐりの「弁財天」。
 安産、子宝にご利益のある神社。
・松島神社
 日本橋七福神めぐりの「大国神」。
 今では、ビルの一階にありますが、もともと、ここは島でした!

・銀杏八幡宮
 銀杏が生い茂る緑豊かな八幡宮。

・出世稲荷神社/岩代稲荷神社
 江戸時代の大衆文化、風俗と密接な関係のあるお稲荷さん。どこにあるのか探すのが大変!
 江戸時代は、町家に囲まれ、庶民から信仰を集めた神社でした。今では、ビルに囲まれています。

・橘稲荷神社
 江戸時代は、町家に囲まれ、庶民から信仰を集めた神社でした。今では、ビルに囲まれています。

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