五十間通りから仲之町通りを歩き、そして、江戸町通りを路地裏までぐるぐる歩いていると、徐々に散策があっさりしてきてしまい、角町通りでは、花園通りからの入り口の門柱と、レトロな物件を撮影しただけにとどまってしまいました。
あとで調べてみると、この角町通りの路地裏にも、カフェー建築の痕跡が随分残っているようです。早めに散策しなければなりません。
角町通り路地裏を再訪
吉原の路地裏のカフェー建築の痕跡を、特に角町通りの路地裏をあまり散策できていなかったので、半年後、再訪。いろんな人が写真に収めて、書籍やネットにアップしているので、私が写真に収めようとネットにアップしようと社会的意義は、全くないのでありますが、自分のブログを完璧なものにするという自己満足のために再訪し、写真に収め、ブログにアップするのであります。
角町通りと、西の京町通りを結ぶ路地、この路地に少し、カフェー建築であろう建物が残っています。
吉原カフェー建築の遺構の中でも有名な建物。ゆうらくというカフェーだったようです。側面に逆ティアドロップのような意匠のある建物。他のサイトでは、この意匠、ハート型と描かれていますが、ハートにしては、上部の大事な部分が一直線になっているので、本当にハート型なの?と思い、逆ティアドロップと表現してみました。どうでも良いですね・・・
この建物の背後にも、カフェー建築が最近まで残っていたようですが、破壊されたようです。古い建物は次々に破壊されていくのでしょう。
角町通りと、京町通りを結ぶ通りは2本ありますが、それぞれの通りにはソープランドがあります。戦後の頃は、この路地裏に、今もカフェー建築があるようにカフェーが立ち並んでいたのでしょう。
さらに路地を入ると右手に見える建物、ただの古い建物に見えますが、これもカフェー建築のようです。
もっと残っていたのでしょうが、このくらいしか発見することができませんでした。やはり、どんどん破壊されているようです。
江戸切絵図に見る角町通り
今戸箕輪浅草絵図に書かれている吉原の地図には、角町通りは「角丁」と書かれています。江戸丁や京丁は、中ノ丁(仲之町通り)を挟んで、それぞれ一丁目、二丁目が南北にありますが、角丁と揚屋丁は、別の町名になっていて、現在の通りの名前も別になっています。
角町通りの地図、アクセス
東京都台東区千束4丁目
・東京メトロ日比谷線「三ノ輪駅」から、徒歩11分
・東京メトロ日比谷線「入谷駅」から、徒歩14分
聴いた話では・・・・角町には戦前、「福寿楼」という中規模遊郭が存在していたが、空襲激化に伴う火除地確保のため建物を取り壊し一時休業。終戦後の再起を図ったものの、二代目楼主一家が東京大空襲でほぼ全滅。返還予定の土地も外国人の居座りを行政が手出し出来なかったため回復不能、とどめは再興資金も新円切替で激減とまさしく泣き面に蜂状態で瓦解したという。誰かこの店のこと正確に知ってる人居るかな。
返信削除