2022年1月15日土曜日

新橋烏森通商店会|酒場が多く集まるビル街

ホーム東京の商店街新橋烏森通商店会 
ホーム東京の通り烏森通り
ホーム飲み屋街烏森通り


 新橋駅烏森口から西に向かう通りが烏森通りで、烏森商店会という商店会が組織されています。が、サラリーマンの聖地、新橋らしく、商店街というよりは飲み屋街です。


 烏森通りの入り口には、ニュー新橋ビルがドーンと鎮座しています。ニュー新橋ビルは、戦後、新橋駅前に乱立していたヤミ市、露店などを押し込んだビルです。カオスな感じのビルで、個人で営業されている酒場がたくさん入っています。まさにヤミ市の名残なんだろうと思われます。
 カーテンウォールが、古臭くもあり、新しくも感じるデザインです。



 ビルが立ち並び、飲食店が多く入っていますが、これといってなんの特徴もない通りであります。
 烏森口から少し西に少し歩くと、北に細い路地があります。烏森神社の参道で、その奥に本殿があります。都会のビルの狭間の小さな神社です。参道の入り口に、露店のようなお店が見えますが、これ、王将という焼き鳥屋さん。烏森神社の項でも書きましたが、烏森神社の短い参道は、酒場が並ぶ飲み屋横丁なのです。下の写真の左側は、空き地になっていますが、以前は、酒場があったようです。
 現代では、神社に向かう神聖な参道が飲み屋横丁だなんて、と感じてしまいますが、過去の日本では、神社やお寺は人の集まる場所であったため、盛り場が形成されていたのです。とは言え、烏森神社の周囲は、江戸時代は、武家屋敷に囲まれており、明治以降、この辺りは盛り場になったのです。







 和菓子の文銭堂本舗。戦後の昭和23年(1948)に創業。古い和菓子屋さんです。商店街散策、休日しかできないのですが、休日は、やはりこのようなお店は開いていないですね。


 路地裏にも、やはり、酒場が密集しています。



 シャッターが下りてる昭和レトロな建物。何のお店なのでしょうか。というか、閉店してしまっているのでしょうか。


戸切絵図で見る烏森通り


 先ほども書きましたが、江戸時代のこの辺りは、大きな武家屋敷の立ち並ぶ地域でした。嘉永3年(1850)発行の「芝口南 西久保 愛宕下之図」を見ると、烏森通りには、大名屋敷が並んでいるのが分かります。また、烏森通りは「サクマ小ジ」と書かれています。
 「サクマ小ジ」ということは、佐久間姓の大名屋敷でもあるのかと思いますが、この切り絵図にはそのような大名の屋敷は書いてありません。実は、江戸時代の初期には、この通りに飯山藩主の佐久間家の屋敷があったのです。ですので、「サクマ小ジ」と呼ばれたそうで、明治5年まで、この一帯を佐久間小路と読んでいたようです。


森通りの地図、アクセス

東京都港区新橋2丁目、3丁目


橋エリアの飲み屋街


烏森神社(参道)
サラリーマンの聖地の飲み屋街の中心地に鎮座する烏森神社の参道は、サラリーマンの聖地にふさわしく、参道にも酒場が立ち並んでいて、昭和の横丁といった雰囲気です。

烏森宮脇通り
新橋に花街があった中心地です。狭い路地に、新橋らしくごちゃごちゃと酒場がありますが、ある一部には、花街があったことを思わせる、風情のある通りがあります。

栄通り(新橋)
新橋日比谷口のSL広場前にあるビルとビルの隙間の路地にある通り。新橋ですから、酒場が隅々まであります。

新橋駅前ビル1号館
新橋駅汐留口前にある昭和感たっぷりのビル。昭和なオフィスビルかと思いきや、地下1階から地上2階までは居酒屋がひしめき合う飲み屋街なのだ。

新橋駅前ビル2号館
地下1階は、新橋の最深部と言っても過言ではない迷宮のようなところ。2坪程度しかないような狭小な立ち飲み屋などが軒を連ねる。

新橋ガード下
新橋のJRガード下。歴史ある煉瓦造りのアーチ型高架橋の下は、居酒屋がいっぱい。歴史ある酒場やバーなどがあったが、相次いで閉店してしまっている。

新橋仲通り会
この通りには、以前、新橋芸妓組合の建物がありました。この通りの南側は芸者さんが歩く花街だったのです。今、この通りに花街の痕跡は全くありません。サラリーマンの聖地として、酒場が軒を連ねる通りであります。

新橋西口通り
サラリーマンの聖地の新橋らしい、ゴミゴミして、小酒場が乱立する通り。

森通り 口コミ

烏森通りについて、足りない情報や、新しい情報などありましたら、コメントをお願いします。情報交換の場にしてもらえればと思います。私も知らないことが多いので、ぜひお願いします。

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